帆前掛け

帆前掛けの生地である帆布は文字通り、昔、船の帆に使われていた布です。

不要になった帆船の帆で前掛けを作って私用したことから、この名前が付いたと言われています。

帆前掛けの発生時期はあまり明確ではなく、大正時代すでに現在の帆前掛けに近いものが出来ていたとされています。

帆前掛けが現在の形になったのは昭和10年頃で、その後色を変えたり短前掛けにしたりと変化をしますが、ごく一部の人々にしか使用されず、万人の生活必需品ではなかったため衰退の一途をたどりました。


日本手拭い

奈良時代の文献に「たのごひ(太乃己比)」という文字がみられます。

「た」は手、「のごひ」は拭う、という意味で「手拭い」になります。 神仏に対して身体、あるいは器具を清めるために使われていたようです。

明治中期頃、肌触りの柔らかいタオルの機械織り大量生産が始まり、日本手拭いはしだいに人気を失いました。 しかし、近年になり粋な和風小物を好む人が増えてきたり、体を洗うには最適な素材であるといったような健康面からも需要が増え、再び日本手拭いが脚光を浴びる時代になりました。


綿(わた)について

綿は日本在来の植物ではありません。室町時代頃まで朝鮮からわずかに綿布の形で輸入されていました(日本語の「もめん」という言葉は、朝鮮語の「モンミョン」からきています)。

木綿は暑い時期には通気性よく、また寒い時期には綿入れの着物や布団の綿として防寒に用いることもできるので人々に重宝されました。

しかし開国以降に輸入されたインド綿によって、日本の綿花産業は衰退してしまいました。

インド綿も、イギリスのインド侵略の中で生まれた「プランテーション作物」です。アメリカでも奴隷労働と密接に関わっており、多くの国の歴史において植民地支配や少数民族への抑圧に、深く関わってきた「悲しい農作物」でもあります。